必的webTV ブログ

2013年02月01日

チェックメイト

チェックメイトといってもチェスはやりませんし、
ボーナスショップに詳しいわけでもありません。
ここでいうチェックメイトは講談社の男性向けファッション誌。
もう廃刊になりましたが、バブル期のヤングのバイブでなくバイブルです。

DSC_1439.JPG

こちらは1985年の8月号。表紙は桑名正博です。いい男ですね。
当時はDCブランドの全性器、もとい全盛期。
丸井のスパークリングセールともなると徹夜は当たり前、
中には1週間前から並ぶ人もいました。今考えるとホントバカですね。
スロ屋のグランドオープンだって1週間前からは並びませんよ。

DSC_1440.JPG

当時はこーゆー感じのファッションが流行ってました。
言うまでもないと思いますが、一応言っておくと左は吉川晃司で右はCCB。
今こんな格好してたら後ろ指さされ隊、オマンキー触り隊ですよ。
左はグラスメンズというブランドの肩パット入りジャケット。
吉川晃司のほか、高田純次なんかも着てました。

右はパーソンズのシャツにハリウッドランチマーケットのジャケ。
当時はとんねるずやCCBがK-FACTORY、パ−ソンズなどを着ていたこともあり、
パステルカラーを使ったド派手な洋服を着るヤングも多かったです。
ちなみに、前に書いた新宿の東亜会館はこんな格好したガキばっかでした。
正気の沙汰とは思えませんね。パーソンズ着てた俺が言うのもなんだけど。

DSC_1443.JPG

こちらはアーストンボラージュというブランド。
無道Xが神様と崇める安全地帯の玉置浩二が愛用していました。
マハラジャの制服も確かアーストンボラージュだったと記憶してます。
デザイナーは佐藤孝信ですが、Y'sは山本耀司、フィッチェは小西良幸、
パシュは細川伸、HAGEは小嶋正悟といった具合にブランド名でなく、
あえてデザイナ−の名前で呼ぶのが通みたいな風潮がありました。

俺の通っていた高校は私服で共学ということもあり、
みんな競うようにDCブランドの服を買い漁っておりました。
でも、高校生なんで金はそんなに持ってませんからね。
丸井の高校生カードを作ってローンで支払うっていうのが一般的でした。
中には、ロ−ンを払えなくなって親に泣きつくドバカもいましたけど。
お母さん、お父さん、ごめんなさい。

DSC_1442.JPG

夏と冬に全国横断15大都市ファッション白書なる特集をやってました。
端的に言うと「街のお洒落自慢集まれ!」みたいな特集です。
かくいう私もデニムジャケに安全ピンをたくさん着けて渋谷まで出向き、
運良く写真が掲載されたクチなので、それをここに晒そうと思ったんですが、
残念ながら、その雑誌、どっか行っちゃいましてね(多分85年の2月号)。
すんません、インドで流行っている最新ファッションで我慢してください。

IMGP1996.JPG

あー、なんかこんなこと書いてたらジャック&ベティに行きたくなっっちゃった。
posted by 塾長 at 04:48| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。